2017年2月20日月曜日

あたらしい未来

「百年先で 待っていてね と 夢みたいに そう 想う この手の先には きみが」


2017年2月10日金曜日

白い

林正樹さんとおっしゃいます。すうっと同化して、手が重なったらどきどきしそうなタッチ。こういう音を聴いていると、こころがそわそわします。どきどき、と、そわそわ。音楽は楽譜にしてしまうと論理的であるけれど、それでも恋をするように、てのひらに顎をのせて、ときに意識的に、ときに無意識に、聴き入ってしまうのはなんと説明すべきことか。暗黙。今日も雪。雪の森は、白とグレイのかたまりみたいだった。


2017年2月2日木曜日

昨日

なにもわからぬまま立春を迎えることに、異議なし。明日は明日で、明後日は明後日で、明明後日は明明後日で、なにも、明日だけに頼ることはなかろう。なにもわからないし、なにも知りたくない。ただ、臼と杵でついたお餅に黒豆を混ぜて乾燥させ、炭火で炙り醤油をたらりと垂らしていただいた焼き餅(煎餅)が、今までの人生で一番、衝撃的においしい煎餅だった。このまま死んでもいいと思った。そういう、目の前の感動に置いていかれないように生きていきたい。

2017年1月31日火曜日

ROCK

「似てない僕らは 細い糸でつながっている よくある赤いやつじゃなく」


2017年1月27日金曜日

2017/01/27 雑記

陶芸家とは、共有でなく、共存したいと考えている。この、熱苦しいわたしの想いを真摯に受け入れてくださった方、もしくは、以心伝心か気づけばすでに共存していた方、同じ屋根の下なんやかんやの方、等々、が、これからの永き人生のパートナーと成りうるのではないかと、愛の告白はなにも白馬の王子様的異性にだけに向けられるものではない。つまり、この世はたくさんの愛で満ちあふれている、のだと思う。

2017年1月26日木曜日

クラクション

「ずるい」と言うべきはずの瞬間に記憶を失くし、森に積もる水墨画のような雪とグレイッシュな空を見送り、チョコレイトをたらふく食べて、動悸の渦に身を潜める。ラッキーガールに、あのね、わたしも昨日はラッキーガールだったんだと告白をし、朝目覚めてから夜眠りつくまでのことをかいつまんでゆく。言うべきはずのセリフ、言ってはいけないセリフ、言いたかったセリフ。10年ぶりくらいに伸ばした髪は、伸ばした、というよりも、伸びた、がふさわしく、これから先のたのしみなどはない。ただ、毎日つげの櫛で丹念に髪を梳かす。毎日、毎日、ただ、ただ。

2017年1月25日水曜日

沈黙

言及させていただくと、わたしのこのインターネット上のものの何分の何かはフィクションであり、何分の何かはノンフィクションである。報告や連絡や相談、というより、書くこと、に重きを置いている、ただそんな風のような他愛もない事実と創造である。だから、驚くことなかれ、あなたはただ読むだけでいい、それでいい。この世界が甘ったるい限り、わたしは出合うものに虜になってゆく。甘い世界に微塵も興味を示さず、自分の内にゆく。そんな世界、いや、世間との距離を、言葉にする。そうでしか得られない快楽、触れることのできない身体、甘えることを受容しない時間と事象と距離。そして昨日右腕を強打した。腫れ上がる腕、痛い。